十二社の碑(新宿区指定史跡)

【イメージ】十二社の碑(新宿区指定史跡)

ここ十二社の池が、池や滝を擁した江戸西郊の景勝地であることを記した記念碑で、嘉永4年(1851)3月に建てられました。

高さ210cm、幅119cm、幕末期に江戸市中の様子を記した『江戸繁盛記』を著した儒学者寺門静軒と、中野宝仙寺の僧侶負笈道人により、当時名高かった景勝地十二社の様子を紹介したもので、表面には負笈道人の撰になる碑文と、寺門静軒による漢詩が刻まれており、字数は262字あります。

また裏面は、負笈道人の略歴と人柄を、寺門静軒が記したもので字数は、286字に及びます。

なお、書は中川憲齋(日本書堂・大彭を号する)によるものです。

七人役者図絵馬(新宿区指定有形文化財)

【イメージ】七人役者図絵馬(新宿区指定有形文化財)

安永2年(1773)4月に、当時の若手歌舞伎役者の吾妻富五郎と大谷谷次が奉納した大絵馬で、拝殿内に掲げられています。

板地着色で、縦136cm、横180cm、図柄は桜の大木の下に七人の歌舞伎役者の扮装姿と十二支の動物が描かれています。

図中の役者は、前列右から大谷谷次・大谷広次・市村亀蔵・大谷永介、後列右から大谷仙次・吾妻富五郎・尾上民蔵の7名で、当時の市村座で人気を博した役者たちです。

この絵馬の作者一筆齋文調は、江戸時代中期、明和から寛政にかけて、優れた役者絵馬を描いた浮世絵師です。

熊野三山絵馬

【イメージ】熊野三山絵馬

拝殿内向かって右側に奉納されてある絵馬は 板地着色で、縦117.5cm、横153.5cm、図柄は当時の熊野三山の風景が描かれています。

式三番奉納額(新宿区指定有形文化財)

【イメージ】式三番奉納額(新宿区指定有形文化財)

上部に式三番の図が描かれている奉納額で、拝殿内に2枚が掲げられています。向かって右側は宝暦14年(1764)に九代目市村羽左衛門が、左側は弘化4年(1847)に十二代目市村羽左衛門が、それぞれ奉納したもので、ともに板地着色、縦90.7cm、横31.4cmあります。

図柄は、江戸三座のひとつ市村座で、11月の顔見世興行と正月の初春興行に、初日から3日間演ぜられた式三番を描いたもので、座元の羽左衛門自身が翁を演じるのに因んで奉納されたようです。

式三番は、歌舞伎舞踊のひとつで、祝賀や追悼の時に行われた能の「翁」を舞踊化したものです。

式三番奉納額(新宿区指定有形文化財)

【イメージ】式三番奉納額(新宿区指定有形文化財)

文政3年(1820)に奉納された水鉢で、江戸時代後期の狂歌師として有名な大田南畝(蜀山人)(1749~1823)の書による銘文が刻まれています。

文政3年の熊野神社の祭礼には、大池で角乗・筏乗が出るなど盛大なものでしたが、この水鉢もその祭に奉納されたものと思われます。鉢の大きさは、外部が幅150cm、高さ60cm、奥行64cm、内部の鉢の部分は幅126cm、深さ23cm、奥行40cmあります。

神輿蔵

【イメージ】神輿蔵

神社の宮神輿(大神輿)と、熊野神社の氏子の組織である睦の町神輿(大人神輿と子供神輿)が保管されています。

一之宮神輿は、昭和3年(1928)に十二社と淀橋の氏子により製作されたものです、二之宮神輿は平成9年(1997)に

御鎮座600年を記念して製作されました、両神輿とも三年に一度大祭に巡幸します。

狛犬

【イメージ】狛犬

本殿裏の末社大鳥三社にある狛犬で、腹の下がくりぬきになっていない珍しいものです。享保12年(1727)「角筈村上野百姓店児講中」により寄進されたものです。

島川玄丈人壽兆碑

紀州徳川家の侍医で、鍼術の大家島川草玄の長寿を祝って、紀州藩士川合衡の撰文により、文化4年(1807)に造られたものです。

能勢嘉門賛碑

「滝津冷々一千尺 松樹森々十二層 司馬乃屋嘉門」
「蝉の声 しくれて細し滝の糸 よれば暑さも 那智の悌 山陽堂竹友」
十二社の滝と周囲の風景をたたえた記念碑です。

延命陀羅尼二千一百万遍読誦碑

元治元年(1864)に延命陀羅尼経を唱えたことを記念して建てられた記念碑で、神仏習合時代を物語る資料です。

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